【考え方】30歳を祝ってもいいんじゃない?

おかげさまで2月になれば30歳を迎えるわけですが、先日成人式のニュースを眺めながら、ふとこんなことを思いました。

「30歳を祝ってもいいんじゃない?」

 

「もう30」という言葉

早生まれの僕からすれば、周りの同級生はどんどん30歳の節目を迎えていきます。そんな友人からよく耳にするのが、「もう30」という言葉。

確かにいつまでも20代気分で暮らしている僕のような人間でも、30という数字は必ず迎える訳です。あっという間の10年を考えれば、少し感傷的にもなります。

 

でも気になるのは、「もう30」という言葉を口にする友人のなかに、悲壮感をただよわせる人が多いこと。単に話の流れで「30だね~」と口にするのではなく、「もう30か…」とため息が聞こえてきそうな気配すら感じる。

 

これってなんだか寂しい。

 

状況が許すのであればあとはマインドの問題

もちろん30歳という年齢を無視して生きていけるわけではありません。

 

例えば女性の出産という事象にフォーカスすれば、年齢はとてもデリケートな問題です。医学的なタイムリミットについて、僕ら男性もきちんと認識しなければなりません。あるいは親の介護や子育ても、投げ出すわけにはいかない問題です(もちろん負担を軽くする工夫や考え方はある)。

この点は誤解がないようにちゃんと書いておきますね。

 

でも仕事やライフプランについて、「もう30」という言葉で卑屈になる必要はないと思っています。いま置かれている状況が許すのであれば、年齢は関係ない。

もちろん僕が「オリンピックの100メートルで金メダルを目指す!」と豪語しているなら、全力で止めてあげてください(笑)

それでも体力的なハンディーを受けいれれば、残るのはマインドの部分。

 

自分がどう生きたいのか。なにをしたいのか。「もう30」という言葉がどこか呪いの言葉のように、僕の周りにうずまいている。でもそこで思考停止におちいったら、きっと10年後もおなじようにつぶやいているような気がします。

 

「状況がゆるすなら…」

きっと40歳でも50歳でも、この構図に変化はないのではないでしょうか(お子ちゃまがのたまうなとお叱りを受けそうですが…笑)。

なにか自分が満足できないことがあるなら、状況が許す範囲でトライしてみる。節目の年齢を思考停止につなげないためには、自分のマインドをどう操縦するか。

 

「挑戦するのに年齢は関係ない」と言い切るのは乱暴でも「状況がゆるすなら、挑戦するのに年齢は関係ない」とは思っています。

 

だからね、思ったわけです。

「30歳を祝ってもいいんじゃない?」って。